【明日は最終日】

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支援者の方々が動画を作っていただいたので、アップします。
石の上にも五年。
天下国家の話とは別に、私が戦ってきたものの一つは鹿児島のモノを言えない、言わない閉塞感。
本音では応援しているが、表立てない。との言葉を何百と聞いてきました。
もちろん、私の力不足ではあるが、閉塞感。
「しがらみ」は誰にでもあるし、世間が小さな鹿児島では尚更。
しがらみを良く言えば、付き合い・ご縁。
ただ、公を語る政治の場合、そのしがらみをリセットして、新陳代謝を促さないといけないタイミングがある。
そのタイミングを見誤ると、不作為、次世代への無責任に繋がる。
成熟した国家では、政治は政策実現が最重要。
ただ、地域によってはそれだけでなく、閉塞感を打破し、期待感を喚起する役割もある。
もちろん、自分1人の力など針の穴を開けるようなもの。
かといって、優秀な人材が政治家にならない現実。
私がゼロから、維新という選択肢を鹿児島に持ってきた理由の一つは、優秀なサラリーマン、公務員、自営業者がしがらみの多い鹿児島でも、より政治家になり易い環境を創ることが、公益に資すると考えたからです。
世襲でも政治家の資質があれば大いにけっこう。
ただ、もっと優秀な人材が闊達に輩出されてこそ、民主主義の価値はある。
地方から国を変えるとはそういうこと。
いずれにしろ、妙なしがらみで政治を次世代の鹿児島を諦めないでいただきたい。
当事者を回避しないでいただきたい。
この思いが、いわゆるド保守・ドアウェイの鹿児島でも私を突き動かしてきた原動力です。
少なくとも、900年続く神社の神主としては、ただ思考停止状態の戦後の一時期をとって保守とはうたわない。
日本に脈々と流れる皇紀2677年の間、様々な新陳代謝のタイミングがあった。
大切な伝統文化や地域を守るためにも、変えるタイミングはある。
政治は様々な方々の生活、時に生命・財産を巻き込む分、責任が極めて重い。
それでも尚、自分個人、自分の信じる政策と親和性の高い日本維新の会という政党選択の是非を問いたいと思います。
明日は、利害関係ナシ、むしろリスクしかない中、無償でお付き合い、ご支援いただいた奇特な方々へ最大限の敬意を込めて最終最後まで頑張ります。
全ては次世代の日本・鹿児島のためにです。